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[読書記録] 自由論

自由論 (日経BPクラシックス)自由論 (日経BPクラシックス)
(2011/09/01)
ジョン・スチュアート・ミル

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1800年代中頃に書かれた古典的自由主義の代表的な一冊です。
ちょうど新装版が日経BPクラシックで出版されたので、現代の自由主義を理解するために、思想が生まれた当初のいわゆる古典にあたる本書を読んでみました。


■J・S・ミルの主張する原則

第一に、個人は自分の行動が自分以外の人の利益に関係しないかぎり、社会に対して責任を負わない。
第二に、個人は他人の利益を損なう行動について社会に責任を負い、社会はみずからを守るために必要だと判断した場合、社会による制裁か法律による処罰をくだすことができる。

以上のミルの主張する自由の原則は、現代でも違和感の無く、思想の核となる部分については、時を経ても変わっていないということですね。

この原則をベースに、本書では「思想と言論の自由」と「幸福の要素としての個性」、「個人に対する社会の権威の限界」について言及されています。

思想と言論の自由についての記述で重要だと思ったのは、正しいとされている見方についても議論をすることに大きく意義があり、その為に言論の自由が必要だということです。

人間の判断の強みと価値はすべて、たったひとつの性格、間違っているときにそれを正すことができるという性格に依存しているのだから、人間の判断に頼ることができるのは、間違いを正すための手段がつねに用意されているときだけである。

この部分は科学ととても近いな、という印象で、科学哲学におけるポパーの反証主義を連想しました。また、自分の頭で考える、常識を疑う姿勢を持つ必要があるとも言えると思います。

そして、有益な議論を行うには多様なものの見方を持つ人達の参加が必要です。

人間は機械と違って、ある設計図にしたがって作られているのではなく、決められた仕事を正確に行うように作られているわけでもない。樹木に似ており、生命のあるものに特有の内部の力にしたがって、あらゆる方向に成長し発展していくべきものなのである。

この各人の個性と多様性の尊重は、価値観の中立性無しには成り立たないものです。
他より絶対的に優位なものがあるのであれば、それだけがあればいいことになる為です。
それだけに、自由主義は本来、人間を最大限に尊重する価値観だと言えます。

このことを示すかのように、社会の権威について、個人の尊重と全く逆の方向性を持つことが指摘されています。

社会は個人の行動に干渉するとき、たいていは、自分たちのものとは違う行動と感情はとんでもないことだとしか考えていない。

社会による制裁と呼べるものの範囲が拡大されていき、やがては個人の自由のうち疑問の余地のないほど正当な部分すら侵害されるようになる

こうした画一化を求める閉鎖的・排他的なムラ社会の行き着く先は、全体主義の社会です。
まるでこの後の時代に全体主義の国家誕生することを見越して、それを危惧しているかのように思えました。

本書を読んでみて、今の感覚から見ても違和感が無い部分が多いことに驚きを感じました。
これは、当時は一部の知識人の間で議論されていた内容が、時間をかけて様々な国と社会に浸透し一般常識として認識されるようになっていった、ということかなと。

また、「自分自身に対して、自分の身体と心に対して、人はみな主権をもっているのである。」といったあたりは、後にリバタリアニズムにおける「自己所有権」につながっていくのだろうと考えられます。
このように自由主義の原点が書かれた一冊だとも言えます。

近代以後の思想の本については、他にも色々と読んでみたいですね。
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| 哲学、思想 | 01:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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