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[読書記録] ゼロ年代の想像力

ゼロ年代の想像力ゼロ年代の想像力
(2008/07/24)
宇野 常寛

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本書はゼロ年代――つまり二〇〇〇年から二〇〇八年ごろまでの国内文化、とりわけ小説、映画、漫画、テレビドラマ、アニメーションなどの「物語」に着目し、その想像力の変遷を追う。


物語はその時代を映す鏡でもあり、同時に物語と社会は相互に影響を与え合うものでもあるので、本書は面白いアプローチで社会を見た一冊と言えます。


国内における七〇年代以降の展開は、概ね消費社会の浸透とそれに伴う社会の流動性上昇の過程として捉えられる。これらが進行すると、何に価値があるのかを規定してくれる「大きな物語」が機能しなくなる。


そしてバブル崩壊後の1995年前後に起きたターニングポイントとして、平成不況の長期化と、地下鉄サリン事件の二つがあり、そんな90年代後半の物語の特徴として引きこもり的傾向が指摘されています

しかし、引きこもり的傾向は日本経済の低迷とともに転機を迎えることに。

二〇〇一年を前後して、九〇年代にはかつてのシステムが無効になった衝撃によって覆い隠されていたポストモダン状況の本質とも言うべき構造が露になった。その本質とは、人々はもはや歴史や国家といった「大きな物語」に根拠づけられない(究極的には無根拠である)「小さな物語」を、中心的な価値として自己責任で選択していくしかない、という現実である。


このゼロ年代を「引きこもっていたら殺されてしまうので、自分の力で生き残る」というインパクトある言葉で表現しています。
これは「希望を捨てる勇気([読書記録] 希望を捨てる勇気)」などで告発されている日本の現状を考えれば当然の流れです。例えば朝活や勉強会、ビジネス書のブームなども、「もう誰にも頼らない」という自力でのサヴァイバル志向の表れのひとつですね。

ただし、ここでサヴァイバルの為に盲目的に「無根拠を承知で中心的な価値を信じる」という決断主義的な態度を著者は否定しています。

サヴァイヴ系の歴史とは、決断主義を前提として受け入れながらも、その克服を志向する物語の歴史だと言える。


ゼロ年代の代表作「DEATH NOTE」や「コードギアス」の主人公たちのような「ゲームの構造に自覚的で有能なプレイヤー(=メタ)決断主義者」による動員ゲーム(=バトルロワイヤル)の克服を目指していることがゼロ年代の物語のテーマと捉えている為です。
この指摘と、決断主義の克服を目指す物語についての言及が本書の最大の読みどころでした。

もはや世の中は何も私たちに与えてくれない。正しい価値も、生きる意味も、すべて私たちは自分で調達しなければならない。
だが、そんな世界に絶望する必要はない。これは同時に自由の拡大でもあるのだ。やりようは、いくらでもある。少なくともその程度には私たちの生きるこの世界は、自由であり、可能性にあふれている。


まるで設計主義による管理社会からの開放を描いたSF作品のラストのようですが、価値の中立性と選択の自由が認められた自由主義の社会こそ、希望を見出せる世界だと思います。

そこで、今後の2010年代の物語において、決断主義とその克服というテーマがどんな作品でどう描かれるのか、といった観点でも注目していきたいですね。
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| 経済、社会 | 17:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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